アイツと、読書と、音楽と

岡村ちゃんに長患い

音楽主義 岡村靖幸インタビュー

音楽主義を発行する「日本音楽制作者連盟」、以下音制連。正会員230社で構成される音楽プロダクションの団体。
音制連は、権利者団体として、事業者団体として常に問題意識を持って活動し、音楽文化の発展に努めています。

いやー、知らなんだ。
私には知らないことが多すぎるのだが、またもや岡村のインタビューが掲載されなければ、知らないままでいる冊子でした。

レコーディングスタジオ、専門学校、レコード店、ライブハウス、と配布場所も限られたフリーマガジン。いったいどんな話が載るのか興味津々でした。

音楽未来〜ビッグアーティストが語る音楽の道標〜vol.31
岡村靖幸  マネージメントを語る

これはまた珍しいお題をいただいたものだな、と。今現在V4 Inc.の近藤社長が全てのマネージメントを取り仕切っているのは周知の事実。しかし、語るというのであれば、それはあれだろ、エピックからだろ?と思っておりましたら、やはりデビューの時からの細かい専属契約の話が語られております。

目新しい話ではありませんでしたが、それでも岡村ちゃんの、そのいろんな時期における自分の立場を「(周囲のスタッフに)今にして思うと、ものすごく支えてもらったと思います。まだ若かったし、自分がやることに邁進するのに精一杯だったんで、そういうありがたみはわからなかったですけれどね。」「今から考えると信じられないくらい甘やかしてくれていました」と表現しております。

時代よねー、と思うわけですよ。
時代に甘やかされていたんですよね、岡村ちゃんは。だっていきなり何者でもない男の子が作曲家先生になっちゃって、自分もデビューですから、それは甘やかされもします。実際才能あったし、あの輝いてる子は誰?状態だったわけだし。

音楽バブル期の「好きなだけ時間をかけて、いいものを作っていい環境だったんです。普通のスタジオを借りて、そこで数年間作り続けているわけですから。ものすごいお金がかかっていると思います」
このあたりの話も一時期都市伝説のように語られておりましたね。

この一連の流れが岡村さん本人の口から語られると、ほんとにこの方は大変な時代に、いろんな波に乗ってのまれてここまで来たのねー、とちょっと気が遠くなります。まあ30年、そういう年月ですね。

んでもって今
「近藤さんはよく『俺には見えてるんだ』って言うんです。すごいでしょ?見えてるんだったら、それはもうお願いしたほうがいいですよね」
私はね、この文章を読んで、雨に打たれて濡れそぼる仔犬の姿が浮かびましたよ、なぜか。絶対的信頼感。
現在、とにかくシングル、アルバム、ツアー、全てのイニシアチブは近藤社長がとっていらっしゃるわけです。
頼みますよ、近藤社長
もう私に言えるのはそれだけ。
そう思わせたのも近藤さんなのだから、岡村さんが永遠に音楽活動に気持ちよく勤しむ環境が作られることを私は心から祈るのみでございます。