アイツと、読書と、音楽と

岡村ちゃんに長患い

久保みねヒャダの「こじらせデート」後編を観た

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岡村さんと久保さんの「こじらせデート」後編を観ました。
全編通して思ったことは

岡村さん、気を遣うようになったわ

その証拠に、久保さんとの共通の話題として、自分がさっと好きな漫画作品5点を挙げてきた。もちろん岡村さんの昔からの漫画好きは変わらないのでしょうが、それにしてもいい感じの話題の振り方です。もちろん「モテキ」に対する感謝の気持ちも入れたりなどして。オトナ幸。
言葉の端々、相手とのやり取り、随分と気を遣っている感じがいたしました。あれだけ気を遣われていた人が。じーん。
サラダ取り分けに関しては、まず岡村さんが先に取っていたんだな。そりゃああいう状態になるわよ、久保先生…。

音楽作りに関しては、もうここ数年一貫した捉え方で邁進しているようですね。
詞、曲、パフォーマンス、編曲、演奏、これら「創る」側に腐心。それ以外のことは他の人にまかせている、と。「マシーン」のように心がける、という言葉を使っていましたね。ふーむ。

良くないものに対してこだわりすぎない力、良く言えば図々しい、別の言葉で言えばタフさがついたと。
そう言いながらも、俺は10年20年出さなくてもいいんです、納得できるものができなければ、とも言っています。
この「俺」を使った時に出る言葉こそが生の岡村靖幸のせめぎ合いを感じる時です。
しかし一番そのフラストレーションのたまるであろう部分を昔よりコントロールできる、いや「する」ようになったのかな。
図々しい、と言う言葉を使うということは妥協ではないのだろう、と解釈いたしました。天才音楽職人岡村靖幸、彼の孤高と苦悩は一生続くにせよ、音楽業界で満足のいく何らかの処世術、生き方を見つけてくれていることを祈ります。
どんなに社交をしても、音楽に関してはやはり孤高の天才であることはずっと変わらない現実なのですから。だからこそ岡村さんの周りに、常に岡村さんを理解する優秀な人達が集まってくれればいいなぁ。

とはいえ、自分のこの状態を口に出してテレビで言えるということも、安定した良い状況かな、と、もはやデートのDの字すら忘れきった私は、このブログを早朝4時に書いております。もう300個のホットドックを運ぶ時間が近づいているじゃないかー。

ミツロウ先生もなかなかいいことをおっしゃっていましたが、それを書き取るまでの熱意は私にはなく、すいまっせーん。まず、なんとか前編後編全て観ることができて満足しました。

そしてやはり私なら、サラダの菜っ葉一枚たりとも食べれない、岡村靖幸の前では!