アイツと、読書と、音楽と

岡村ちゃんに長患い

みんなの想い、私の想い。

岡村仙台公演から、早いもので10日が経とうとしています。その間の私の岡村を想う時間の長いのなんのって、これだけの熱量があれば、家の一軒くらい建てられるんじゃなかろうか、くらいの状態です。
もちろん近距離で観た岡村のときめかせ指数の高さ、破壊力の凄まじさが一番の原因なのですが、それ以外にもたくさんの岡村ファンのみなさんと交わした会話やメールの数々が、私の中で何百倍にも岡村を膨れ上がらせているのです。

「幸福な日というのは、すばらしいことや、驚くようなこと、胸の沸きたつようなできごとがおこる日ではなくて、真珠が一つずつ、そっと糸からすべりおちるように、単純な、小さな喜びを次々にもってくる一日一日のこと」
柄にもなく、『アンの青春』より引用させていただきました。
私が今回感じたのは、岡村ファンのその秘めたる一日一日の積み重ね。その基礎がいかに頑丈で暖かいことか。それは恋なのか愛なのか、きっとその本人にしかわからないもの、もしかして本人にもわからない感情で、静かに深く長い間岡村を見てきた、その目の持つ確かさ。そういうものをたっぷりと肌で感じ、おかげでどっぷり幸せに浸ることのできたツァー前半戦でした。

さて、常日頃から、一点集中型と言って憚らないこのわたくしです。ツァー中何回も岡村を観れると思うと、どうしても気が緩んで何か大事なものを取りこぼしてしまう。どんだけ緊張感持ってるのさ、岡村に。我ながら泣けてきます。そんな私が、エチケット+以来、仙台と東京、2回岡村を観に行くことにいたしました。そう、明日のzepp参戦です!私の尊敬するあの娘と、だいすきなアイツを観ることができるなんて、なんたるシアワセ。仙台を観た後に急遽決まった参戦ですので、新たなる緊張感を持って観ちゃう所存です。ぐふっ。

あ、そうそう、私、岡村の歌う提供曲のカバーってだいすきです。ワクワクするんです、大いなる答え合わせ、って感じで。あぁ、この歌、岡村が歌ったらどんな感じなんだろう。私は常に彼が作曲したものは、ずっとそんな風に思いながら聴いてきました。ここへきて過去の提供曲を歌う岡村を観るたびに「はい、正解はこちら!」(この声はダウンタウン浜田でよろしく)と言われているような気がします。カバーを歌う岡村も好きなんですよ、そんなわけで。たぶんこれは、とっかかりが、彼を作曲家として好きになったからかなー。岡村岡村呼び捨てにしておりますが、尊敬しているんです、ずっと、彼の作曲家としての能力を。

おそらく先日ほどのレポは書けないと思いますが(燃え尽き症候群)、またツラツラと感想などは書きたいと思っております。