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アイツと、読書と、音楽と

岡村ちゃんに長患い

あの娘と、遅刻と、勉強と

寂しいのは自分だけじゃない、と気づいた時、人はその見えない衣を一枚剥ぐことができるのかもしれない。

思えば私は必死だった。2011年8月のテレビブロスに岡村といとうせいこうの対談が掲載された時だ。あの当時の自分を振り返ると、ただもう必死だったとしか言いようがない。その証拠に、この二人の対談を読み直したら、内容はもちろん、文章もほぼ丸暗記していた。この時は行間にある見えない会話や、その場の空気の匂いまでも感じとろうとして何度も何度も読み返したからね。

2011年の春、この先どうやって生きていけばいいのか皆目わからなくなった時、岡村靖幸の復活のニュースは私にとって、大袈裟ではなく心の支えだった。夢なら夢でもいい。一瞬でも見させてくれるなら、本当に夢でもいい。そんな思いを胸に抱いて岡村ネタを漁りまくった。そして掲載されたいとうせいこうとの対談は、信じられないほどに見事に「岡村靖幸」を自ら継承していた。だって、まだ一人旅はできますか?って聞いているんだもん、びっくりしますって。あぁ、岡村、ほんとに帰ってきたのかもなー。薄ぼんやりと現実味を帯びてきた夏だった。

これがそもそものテレビブロスの連載のきっかけとなったようで、そこから3年半経った現在もこの企画は続いている。そしてこの連載が一冊の本になった。毎週細切れで読んでいたものが通しで読めるのがまずありがたい。可愛らしい装丁、写真もたっぷりというのも嬉しい。明らかに岡村靖幸の質問力が向上していると共に、何と言っても岡村の顔が、表情が明らかに良い方向に変わってきたことに驚かされる。人って変われるんですね。

この本を読む機会があったら、まずあとがきを読んでほしい。私はこのあとがきを読めただけでも買って良かったな、と思っている。私は、岡村は、うっすらとした衣を纏った分、重い鎧を下ろしたと思っている。

さてさて、ついに春のツァーも始まった。このところ「岡村慣れ」をしていた私にとって、この本の出版は、あの時の気持ちを思い出させてくれるいいきっかけとなった。そもそも私のブログの題名、ここからきているんだもの。どんな岡村を見せてくれるのか。そして俺の元久は何を語ってくれるのか。仙台公演まで暫しこの本を読み返してみたいと思う。