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アイツと、読書と、音楽と

岡村ちゃんに長患い

「ちぎれた夜」

昨年末、私の大好きなブログ「サブカルのすすめ」にて、妄想Peach X'mas DATE
という企画がございました。勝手に岡村ちゃんとのクリスマスデートを妄想してみよう!という企画。みなさんご存じのとおり、企画大好きなわたくし、もちろんのっかりましたとも。
その時のブログがこちら。
サブカルのすすめ - 妄想Peach X'mas DATE 追加

でもって、今回、新曲「ちぎれた夜」を聴きまして、あの時の妄想デートの続きを書いてみたくなりました。とにかくあの曲の出だしが気になって気になって、いろいろ考えていたら、こんなお話になりました。
お時間のある際に、お読みいただけますと幸いです。



外国人観光客であふれる合羽橋でデートをしたのは、もう一年前になる。
会社のおつかいを頼まれ、よく通っていた和菓子屋にバイトをしていたアイツに出会ったのは、もう一年以上前になるのか。
当時私は苦しい恋愛をしていた。今となってはそれが恋だったのか愛だったのかすらわからないような苦しいもの。そんな日常にふと入り込んできたのが、当時会社のそばの和菓子屋でバイトをしていたアイツだった。

名前は岡村靖幸。本人曰く、シンガーソングライターでダンサーでもあるそうだ。
アイツを知った時、私はテレビも見ない、ラジオも聞かない。音楽といえば昔の彼氏が家に置いて行ったアナログのレコード盤に針を落とすくらい。
だから初めてライブハウスでアイツが歌っている姿を見た時には驚いた。こんな音楽もあるのかと鳥肌がたった。
その翌日、約束どおりステージ衣装のスーツを着込んだ彼は、姿は違っても、またいつもの見慣れた「バイトのヤス」に戻っていた。食品サンプルのレタスを嬉々として作り、珍しい台所用品を見つけては、店の人をつかまえて質問攻めにする。
それがまたスーツ姿だけに目立つのだが、どうやら本人はまったくそういうことは気にしないようだ。
驚いたことに、何人もの人が「あ、岡村ちゃんだ!」とアイツを指差していく。
「あなたやっぱりスーパースターなんじゃない?」
と私が面白がって言うと
「柔軟剤買っている時まで指を差されるからびっくりしますね。」
と少し困った顔をする。そんな困った顔をいつまでも見ていたい、と思ってしまう自分に、私は正直戸惑っていた。

年末に会社を辞めた私は、年明けから浅草の小さな花屋でバイトをするようになった。元々私は花が好きだった。殺風景な自分の部屋にも必ず花だけは飾っていた。私のおじいちゃんは花を育てるのがとてもうまくて、いつも田舎の庭には四季折々の花が咲いていた。近所でも評判の花が溢れた庭で、私はそれがとても自慢だった。私が遊びに行くたびにおじいちゃんは花の名前を一つ一つ丁寧に教えてくれた。その花の名前と一緒に、必ずおばあちゃんとのその花にまつわる思い出もこっそりと教えてくれた。それぞれはほんの些細な出来事だけれどそこに花が交わることで、その思い出も私には色づいて感じられた。私の名前も忘れてしまったおじいちゃんは、最後まで花の名前とおばあちゃんの名前だけは忘れなかった。だから私はそのさまざまな思い出を引き継いで花と一緒に飾っている。

3度目のデートで、夢中になってパスタを食べながら、その様子をスマホのカメラで写している彼に、芸能人って不思議な生き物だなーと思いながら、
「私、花屋で働くことにしたの。」
と何気なく彼に報告をすると、
「へぇー。いいですね、お花屋さんか。へぇー」
へぇーを何度も繰り返す彼は、この世に花屋が存在することを初めて知ったかのような顔で感心して見せた。
「なぜ花屋なの?」
そう問う彼に、私は
「秘密。私とおじいちゃんとの秘密なの。」
そんな風に笑ってこたえた。

その次の日からである、彼の花屋通いが始まったのは。
私はまだ見習いなのでお店に立つことは少なく、奥で作業をしていることが多い。
「ごめんください。お花をいただけますか。」
人が3人も入ればいっぱいの小さな花屋に、彼はひょっこりあらわれる。
決まった時間などない。でも毎日必ずやってくる。
最初は店長が応対していたのだが、途中から私の知り合いだということに気がつき、奥の作業を交代してくれる。
「今日は何のお花にしますか?」
そう聞くと、彼は決まってこう答える。
「あなたが選んでくれますか?」
そこから私はなるべくその季節ならではの花を選ぶ。いくつかの種類を組み合わせることもあれば、たった一輪の花だけにすることもある。
「この花の名前はなんですか?」
お金を支払う時に花の名を質問する彼は、私がその名を口にすると数回繰り返し呟いては
「素敵な名前ですね」
とか
「全然想像もつかない名前ですね」
といった感想を言って、にっこり笑って帰っていく。その笑顔が私はたまらなく好きだった。

普段テレビを見ない私が、その番組を見たのは本当に偶然だった。
ニュースを見るつもりでつけたら、アイツが私でも知っているアイドルグループと歌っていた。その画面の中の「岡村靖幸」は、私の知っている彼ではなかった。
「カリスマ的存在のミュージシャン」と紹介され、全く緊張の色も見せず、彼は絶対他の人には歌えないような独特の歌い方と、そして見たことのないようなダンスで、その日本のトップグループとも言えるアイドルたちを驚かせていた。
その姿はあまりにも遠く、テレビ画面というフィルターを通して見る彼を私は自分とは違う世界の人だと結論づけてしまった。

それから私は、花屋に行っても店頭に出ることはなかった。
彼がお店に来て、店長に応対を促されても、ちょっと今手が離せないので、と言っては避けるようになった。それでも彼は毎日花屋に通ってきた。でも前と違うのは、自分で花を選ぶようになったことだ。花の名前を聞くこともなくなった。

私は休みをとって田舎に帰った。おじいちゃんがいなくなってからは、すっかり庭も様変わりをしてしまった。それでも写真好きの父が暇を見つけては庭の写真を撮っていてくれたおかげで、おばあちゃんとアルバムを見ながら咲いていた花たちのこと、そしてその世話をするおじいちゃんのことを思いだしては泣き笑いしていた。しかしその花の思い出に、いつしかアイツが買っていった花の思い出が加わっていることにも私は気づき始めていた。

「おーい、お客さんだぞー。」
父の声のする方を見ると、庭のむこうにアイツが立っていた。
「素敵なお庭ですね。」
「いや、父が生きていたころは、もっと華やかだったんですけどねー。」
頭をかく父を押しのけ、私はアイツに歩み寄る。
「どうしたの?」
アイツは一冊のアルバムを持ってきた。
「花の名前を知りたくて。」
そこには、今まで花屋で買った花の写真がすべて貼ってあった。日付と花の名前入りで。しかし、あの日を境に、その花の名前の部分には付箋が貼ってあり、花の名は書いてあるものの、その隣にクエスチョンマークも書かれている。
「僕に花の名前を教えてください。そしてよかったら、その花の想い出も一緒に。」
彼は気づいていた。花への私の思いにいろんな要素が混じっていたことを。
実家の私の部屋で、私は彼が持ってきたアルバム一つ一つの花の名前を付箋をはがしながら書き込んでいった。そして祖父が語った祖母との想い出も一緒に語った。
彼は黙って聞いていた。少し困った顔をしたり、驚いたりしながら、うんうん頷いて聞いていた。全て名前を書きこんだときには、すっかり日が暮れていた。
これからレコーディングがあるので、そういってアルバムを大きなリュックにおし込み、彼は帰っていった。
「またあの花屋に戻ってきてくれますよね。」
心配そうな顔と、そんな言葉を残して。

翌日から私はまた花屋のバイトに戻った。
そして彼もまた、毎日花を買っていった。花の名前を聞くことも忘れなかった。
それからも、たびたびテレビで歌う彼の姿を見るようになった。カリスマと呼ばれ歌い踊る姿は、やっぱり今の私には遠い存在かもしれない。でもあのアルバムを抱えて会いに来てくれた彼もまた、実在するアイツなのだ。
花を買いに来てくれる、ただそれだけでいいのかもしれない。アルバムに花の写真が増えていく、そのことを大切に今は毎日を過ごしていこう。