読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

アイツと、読書と、音楽と

岡村ちゃんに長患い

自撮りの人、岡村靖幸

岡村靖幸は、昔から自撮りの人であった。
今はセルフィーなどというこじゃれた言い方があるようだが、何と呼ばれようがその行為は変わらない。
もちろん昔は自撮りなどという行為は、技術的に難しかった。よって、岡村は自分で自分を撮っていたわけではない。
しかしながら被写体として写されている画を見ると、そこには「自分だいすき岡村ちゃん」とでも言うべき姿がいくつも浮かびあがってくる。

正面から恐ろしいほどの眼力でこちらを見据えるものがあれば、斜め上を目線だけをそらした状態で見上げるものも多い。むしろこの目線外しこそ、岡村のセルフィー意識なのではないかと思う。試しに、洗面所の鏡の前で目線をちょっとそらしてみてほしい。その時、どんなことを考えるか。他人など眼中にない、あるのは自分のことだけ。そんな気持ちにならないだろうか。
この目線、よく雑誌のモデル女子がやる表情。キャプチャーに、今日のランチはちょっとおしゃれなフレンチで!、または、明日のデートは買ったばかりの白のニットにしようかな!といった、自分中心のセリフがはめ込まれる。

彼氏になって優しくなって

彼氏になって優しくなって

さて岡村だ。明後日発売の「彼氏になって優しくなって」、こちらのCD特典はセルフィートレカだという。自撮り写真っつうことだと解釈しているのだが、すでにCDジャケットからしてセルフィーである。これはすでに岡村ファンの間では一度や二度や三度は目にしている写真である。
彼の目線は、まっすぐこちらを向いてはいるのだが、目線の先は明らかに岡村靖幸本人に向かっている。きっとどこを向いても彼の場合は、自分を見つめる行為へとつながっていくのだ。
ナルシストという言葉でくくってしまえば簡単だが、岡村の場合はまた少々違う。
自分に対する分析が案外的確で、客観性を持っている。以前も書いたが、自分のチャームポイントを「かわいらしいところ」としている。これはうぬぼれでもなんでもなく、岡村に昔から沁み込んでいる、かっこいいと気持ち悪いの境界部分である「ギリギリの線」を表現する一番適した言葉だと私は思っている。

今回の新曲、モバイルFC会員にお披露目された自撮り風MV、この企画は見事だと思う。もちろん、岡村ちゃんとデートしている風、岡村ちゃんが私にだけスマホ画面で語りかけてくれている風、と捉えるべきところなのだろうが、私にはその目線の先にある岡村が見つめる岡村が見え隠れして、それこそがたまらない魅力となっている。
いよいよ始まるツアー「ファイヤー」で発売される、ナンシー関作「ぼくを好きかい?」Tシャツ、この「ぼくを好きかい?」に対する答えをきっと岡村は求めてはいない。その問いかけそのものこそが重要なのである。
まあ、こんなことをえっちらおっちら書いている私は、とにかく早くCDを聴きたくてしょうがないわけで、その落ち着きのなさがこういう文章となって表れているのですね。次回更新は「ちぎれる夜」の感想を書こうと思っております。